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公開日:2018年5月1日
最終更新日:2019年2月26日

アルコール依存の内省による改善?

例えば、自分が対処できないほどに大きなストレスに遭遇し、そこで自暴自棄になって過剰な飲酒をしてしまった。

しかし、そのようなときに、

『今まで支えてきてくれた両親や友人、あるいは世話になった恩師のことを思い出せば、破局的にならないように耐え、早くこの状況から抜け出す努力をしようという気持ちが沸いてくるものである。そうなるはずである。

そう説明がされています。

現在、アルコール依存は、その「大きなストレス」のひとつとして考えられ、社会心理学的な観点からその「沸いてくるはずの気持ち」を高めようとします。

だから、自分の行った行為で傷つけた人のことを思い、そして感謝へと繋げる。

「内観療法」を取り入れている医療機関も存在しますが、内省によってアルコール依存をどうにかしようというその最たるものと言えるかもしれません。

アルコール依存は軽度のストレスなのか?

タイトルに「誤り」という言葉を用いましたが、私はこの「対応の一本化」が大きな問題であると考えています。(それ「しかない」と感じられることは問題です。)

過去を振り返り、自己を改めるという手段のみ有効である。

ストレスと心理に関する研究は現在進行形で続いておりますが、ある主要な仮説では、軽度のストレスでのみ有効とされています。

偉い学者さんがそう言っているのであれば・・・ではなく、多くの酒害者の方が「実感」としてそのことを感じていると思うのです。

酒害者が内省をするとどうなるか?(例)

例えば、してもらったこと、自分が迷惑をかけたことなど様々な内省を行います。

そこで「申し訳ない気持ち」は多かれ少なかれ多くの方が感じると思います。

アルコール問題が自分ただ一人に降りかかり、他人や社会には何も影響を与えていないはずだ!そう信じて疑わない・・・そういった方を探す方が難しいと思います。

ただ、そこで「では改善しよう」と思って改善ができるのであれば、それは「依存」ではないのです。

少し飲み過ぎだから控えよう。

今日はお酒を飲まずに、迷惑をかけたその埋め合わせをしよう。

いっそのこともう禁酒して、健やかな姿を見せていこう。etc…

それができなくて「今」があるのに・・・?

過去のネガティブな事情で申し訳なさを感じても、あるいは誰かに背中を押された気分になっても、

依存が「壁」になり改善ができないのだったら?

・・・その思考そのものがより一層のストレスを与えてしまうことにもなり得ます。

そのような可能性を無視し、限定的に問題を捉え、一本化された対処法を実践させる(強制させる)のは「誤っている」と私は思うのです。

医療機関で導入の始まった「認知行動療法」でさえ、アルコール依存への対処の基盤のもとでしか行われないようであれば、私は一方的で高圧的なものになってしまうのでは?という懸念が残ります。

アルコール依存をほっておいてくれたら・・・

支えてきてくれた両親や友人、あるいは世話になった恩師を挙げましたが、それら以外の方々も含めて、内省し、改善しようとするにつけ、アルコール依存が巨大なものに感じられる。

「現状を、なんとかしなければならない」という焦燥感だけ募り、その度アルコール依存に行動をねじ曲げられるのであれば、その「使命感」そのものが重圧になるかもしれません。

家族に職場の人に、友人に、「期待」をされているなら、尚更重圧になる?

そのような中で、お酒で沈んでいく自分に「構う」からいけないのだ。

ほっておいてくれ。

使命そのものから逃れたいし、期待もして欲しくないといった思考が生まれても、申し上げ辛いですが、私は「自然」であるとすら思います。

それほど難しい考えではないと思います。

できたら、やってる、できないから「依存」なのです。

他人ではなく、自分のための断酒を「口だけ」にしないために

自分のアルコール依存が「壁」であることを申してきました。

今まで支えてきてくれた〇〇、そのような考え「だけ」で依存を乗り越えようというのは私は「甘い」と考えております。

少し違った視点で・・・当然のように支えてきてくれた両親、友人、恩師などと記載しましたが、それらに恵まれている前提で話をされたら、たまったものではない方だって大勢おられるはずです。

アルコール依存で周囲は迷惑を被っており、当人は一方的な加害者であり、その加害者の悪を矯正しようという態度では、その事柄の「事実関係」に関わらず、問題がまったく動きません。

本人の「依存」という観点がおざなりです。

本当の、「自分のための断酒」とは?

本当の、「自分のための断酒」とは?

現在、合言葉のように「自分のための断酒」と謳われますが、その本当の意味を考えて戴きたいです。

他人に〇〇してもらったから、断酒している姿を見せなければならない、信用を勝ち取らなければいけない、こうすれば家族は安心する、こうすれば疑われすに済む、ここまでやったら他人もその姿を評価しなければならない、理解しなければならない、時に賞賛せねばならない。

それは「自分のための断酒」と言えるでしょうか?誰かの期待や賞賛のために行っていては、いつだって都合の良い他人が必要になります。

今の断酒に納得がいっていない方。

斬新なアイデアで依存に対して革新的なアプローチ!といったものでもなんでもなく、

あなたの、あなたのご家族の問題を解決するという視点でアルコール依存に立ち向かってみませんか?

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この記事の著者

二井 大作
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